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THE MEDIEVAL WORLD

中世から、世界のつながりを見る300—1550

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900–1500
900100011001200130014001500西ヨーロッパ35 件クリュニー修道院の創建 · 910年 教皇保護のもとでベネディクトゥス戒律と典礼を立て直し、改革が修道院網へ伝わった。クリュニー修道院の創建ノルマンディーの成立 · 911年 シャルル3世がロロにセーヌ下流の支配を認め、臣従・防衛・キリスト教受容を求めた。ノルマンディーの成立ノルマン=コンクェスト · 1066年 ウィリアムがヘースティングズで勝ち、土地再配分・城郭・既存行政を利用して強い王権を構築した。ノルマン=コンクェストドゥームズデイ=ブック · 1086年 土地・人口・権利を調査し、王の徴税・諸侯統制を支えた。ドゥームズデイ=ブッククレルモン宗教会議 · 約 1095年 ウルバヌス2世が武装巡礼を呼びかけ、罪に課される償いの免除を約束した。クレルモン宗教会議第1回十字軍 · 1096年 — 1099年 ビザンツの支援で進み、アンティオキアとエルサレムを攻略。ラテン系諸侯の十字軍国家が成立した。第1回十字軍シトー修道会の起点 · 1098年 簡素な典礼・共同労働・清貧を掲げ、12世紀にはベルナールの活動もあり各地へ広がった。シトー修道会の起点12世紀ルネサンス · 1100年 — 1200年 トレド・シチリアなどの翻訳、ローマ法、スコラ学、大学、自然研究が都市・商業の成長と結びついた。12世紀ルネサンスジョン王の大陸所領喪失 · 1204年 フィリップ2世が封建法上の権利を利用してノルマンディー・アンジューなどを奪った。ジョン王の大陸所領喪失ケンブリッジの学問共同体 · 1209年 オクスフォードを離れた学者が新たな共同体を形成し、後にコレッジも発達した。ケンブリッジの学問共同体ブーヴィーヌの戦い · 1214年 フィリップ2世が内外の反対勢力に勝利し、ジョン側の失地回復が失敗した。ブーヴィーヌの戦いマグナ=カルタ · 1215年 教会・諸侯・都市の自由、賦課への共同同意、自由人の適法な裁判を確認した。マグナ=カルタ第4ラテラノ公会議と神判 · 1215年 聖職者の神判関与禁止が神判の衰退を促し、記録・証人・手続による法判断が発達した。第4ラテラノ公会議と神判ドミニコ会の認可 · 1216年 説教・教理で異端とされた人々を教会へ戻す活動が認可され、のちに異端審問にも関わった。ドミニコ会の認可パリ条約とトゥールーズ · 1229年 伯の自立を制限し、婚姻・相続で王領へ編入される道を開いた。大学は正統教義教育にも役割を与えられた。パリ条約とトゥールーズシモン=ド=モンフォールの議会 · 1265年 反乱政権への支持・課税同意を得るため、州騎士と都市代表を高位聖職者・諸侯とともに招集した。シモン=ド=モンフォールの議会模範議会 · 1295年 エドワード1世が戦費のため聖職者・貴族・州騎士・都市市民を招集した。模範議会フランス全国三部会 · 1302年 フィリップ4世が教皇との対立に際し、聖職者・貴族・都市代表から国王支持を示させた。フランス全国三部会アナーニ事件 · 1303年 フィリップ4世側がボニファティウス8世を一時拘束し、国王が教皇へ公然と対抗できる局面を示した。アナーニ事件ヴァロワ朝の開始 · 1328年 カペー直系断絶後、諸侯がフィリップ6世を選び、英王エドワード3世の請求と対立した。ヴァロワ朝の開始百年戦争 · 1337年 — 1453年 王位請求、ギュイエンヌの封臣関係、羊毛・ワイン交易の利害が絡む長い抗争。百年戦争クレシーの戦い · 1346年 長弓・下馬重装兵・地形・有給部隊の連携が英国側の勝利に寄与した。クレシーの戦い黒死病の大流行 · 約 1347年 — 1353年 中央ユーラシア・黒海・地中海の交流網を通じて拡大し、甚大な人口減少と反復流行をもたらした。黒死病の大流行ポワティエの戦い · 1356年 イングランド側の勝利とフランス王の捕囚が戦争と政治・社会の危機を深めた。ポワティエの戦いジャックリーの乱 · 1358年 戦争の荒廃・略奪・重税・王の捕囚後の混乱、農村を守れない貴族への反発が重なった。ジャックリーの乱ブレティニー条約 · 1360年 英国が仏南西部の広い支配権を得たが、シャルル5世とデュ=ゲクランが後に奪回を進めた。ブレティニー条約教会大分裂(大シスマ) · 1378年 — 1417年 ローマ系・アヴィニョン系の教皇が並立。支持陣営は百年戦争などの国際政治と連動した。教会大分裂(大シスマ)ワット=タイラーの乱 · 1381年 人頭税を契機に、賃金・移動統制と農奴的負担へ反発。ジョン=ボールが身分秩序を批判した。ワット=タイラーの乱アジャンクールの戦い · 1415年 仏国内の内戦を背景に、ヘンリ5世が勝利しブルゴーニュ派との結合を強めた。アジャンクールの戦いトロワ条約 · 1420年 ヘンリ5世を仏王位継承者と認め、後にヘンリ6世の英仏王位主張とシャルル7世支持勢力が対立した。トロワ条約ジャンヌ=ダルクとオルレアン解放 · 1429年 包囲解除とシャルル7世のランス戴冠を後押しし、王党派の士気・正統性を回復させた。ジャンヌ=ダルクとオルレアン解放ジャンヌ=ダルクの処刑 · 1431年 ブルゴーニュ派の捕縛後イングランド側へ渡され、教会裁判で処刑された。ジャンヌ=ダルクの処刑ブールジュ国事詔書 · 1438年 シャルル7世が公会議改革を選択的に受容し、フランス教会と王権の自律性を強めた。ブールジュ国事詔書カスティヨンの戦いと戦争終結 · 1453年 砲兵を整えたフランスが勝ちボルドーを奪回。英国はカレーを除く大陸所領を失った。カスティヨンの戦いと戦争終結ボズワースとテューダー朝 · 1485年 ヘンリ=テューダーがリチャード3世を破り、ヘンリ7世として即位した。ボズワースとテューダー朝中部ヨーロッパ15 件東フランクのカロリング王統断絶 · 911年 有力諸侯による国王選出が重要となり、国王は地域基盤をもつ大公と交渉して統治した。東フランクのカロリング王統断絶オットー1世のイタリア王位 · 951年 イタリアの王位争いへ介入し王位を獲得した。オットー1世のイタリア王位レヒフェルトの戦い · 955年 オットー1世がマジャール人を破り、王国の保護者としての威信を高めた。レヒフェルトの戦いオットー1世の皇帝戴冠 · 962年 ローマで教皇から戴冠され、皇帝位とドイツ王権が継続的に結びついた。オットー1世の皇帝戴冠マクデブルク大司教座 · 968年 東方布教の拠点を整え、信仰普及と王権の影響拡大を結びつけた。マクデブルク大司教座カノッサの屈辱 · 1077年 諸侯が破門を利用する危機に、ハインリヒ4世が教皇へ謝罪し破門を解かせた。カノッサの屈辱ヴォルムス協約 · 1122年 ハインリヒ5世とカリクストゥス2世が宗教的職権と世俗的権益を区別する妥協に達した。ヴォルムス協約ハビタによる学徒の保護 · 約 1158年 フリードリヒ1世が移動する学徒の安全と固有の裁判上の権利を認めた。ハビタによる学徒の保護プラハ大学の創設 · 1348年 カール4世がベーメンのプラハに神聖ローマ帝国で最初の大学を設けた。プラハ大学の創設金印勅書 · 1356年 カール4世が七選帝侯・多数決・選挙手続を成文化し、領地の不可分性と諸特権を確認した。金印勅書カレル橋とプラハ整備 · 1357年 カール4世が王領ベーメンで都市・橋・聖堂の整備を進め、帝都の威信を高めた。カレル橋とプラハ整備フスの処刑 · 1415年 プラハの改革者がコンスタンツ公会議で処刑され、ベーメンの反発が広がった。フスの処刑フス戦争 · 1419年 — 1436年 教会改革、王位継承と皇帝支配への抵抗、言語・社会的緊張が重なった。穏健派の妥協で終結した。フス戦争ヴィルヘルム=テル伝説 · 約 1470年 『ザルネンの白書』でまとまる物語は、抵抗と共同体自由の記憶・正当化を表す。ヴィルヘルム=テル伝説シュヴァーベン戦争とスイス · 約 1499年 バーゼル条約後、帝国税・裁判権から事実上離れ実質的独立を得た。シュヴァーベン戦争とスイスイタリア・地中海17 件オットー1世のイタリア王位 · 951年 イタリアの王位争いへ介入し王位を獲得した。オットー1世のイタリア王位オットー1世の皇帝戴冠 · 962年 ローマで教皇から戴冠され、皇帝位とドイツ王権が継続的に結びついた。オットー1世の皇帝戴冠東西教会の相互破門 · 1054年 教皇首位権・教義・典礼・言語・政治の相違が積み重なる分離過程の象徴的な転機。東西教会の相互破門カノッサの屈辱 · 1077年 諸侯が破門を利用する危機に、ハインリヒ4世が教皇へ謝罪し破門を解かせた。カノッサの屈辱ボローニャ大学 · 1088年 ローマ法研究と出身地別国民団を基礎とする学生大学が成長した。ボローニャ大学12世紀ルネサンス · 1100年 — 1200年 トレド・シチリアなどの翻訳、ローマ法、スコラ学、大学、自然研究が都市・商業の成長と結びついた。12世紀ルネサンスヴォルムス協約 · 1122年 ハインリヒ5世とカリクストゥス2世が宗教的職権と世俗的権益を区別する妥協に達した。ヴォルムス協約シチリア王国の成立 · 1130年 ルッジェーロ2世が南イタリアと島を統合し、ラテン・ギリシア・アラブの制度を併用した。シチリア王国の成立ハビタによる学徒の保護 · 約 1158年 フリードリヒ1世が移動する学徒の安全と固有の裁判上の権利を認めた。ハビタによる学徒の保護第4回十字軍 · 1202年 — 1204年 輸送費とヴェネツィア、ビザンツの帝位争いが絡み、1204年にコンスタンティノープルを占領した。第4回十字軍第4ラテラノ公会議と神判 · 1215年 聖職者の神判関与禁止が神判の衰退を促し、記録・証人・手続による法判断が発達した。第4ラテラノ公会議と神判ドミニコ会の認可 · 1216年 説教・教理で異端とされた人々を教会へ戻す活動が認可され、のちに異端審問にも関わった。ドミニコ会の認可シチリアの晩鐘 · 1282年 アンジュー支配への反乱にアラゴン王が介入し、島と半島側ナポリの分裂へ進んだ。シチリアの晩鐘アナーニ事件 · 1303年 フィリップ4世側がボニファティウス8世を一時拘束し、国王が教皇へ公然と対抗できる局面を示した。アナーニ事件黒死病の大流行 · 約 1347年 — 1353年 中央ユーラシア・黒海・地中海の交流網を通じて拡大し、甚大な人口減少と反復流行をもたらした。黒死病の大流行教会大分裂(大シスマ) · 1378年 — 1417年 ローマ系・アヴィニョン系の教皇が並立。支持陣営は百年戦争などの国際政治と連動した。教会大分裂(大シスマ)ピサ公会議 · 1409年 二教皇を退け新教皇を選んだが両者が退位せず、かえって三系統が並立した。ピサ公会議イベリア半島6 件12世紀ルネサンス · 1100年 — 1200年 トレド・シチリアなどの翻訳、ローマ法、スコラ学、大学、自然研究が都市・商業の成長と結びついた。12世紀ルネサンスカスティリャのコルドバ征服 · 1236年 南進によりイスラーム勢力が縮小し、13世紀半ば以後はナスル朝グラナダが主要国として残った。カスティリャのコルドバ征服シチリアの晩鐘 · 1282年 アンジュー支配への反乱にアラゴン王が介入し、島と半島側ナポリの分裂へ進んだ。シチリアの晩鐘ディアスのアフリカ南端回航 · 1488年 ジョアン2世の支援下でインド洋へ通じる航路の可能性を示した。ディアスのアフリカ南端回航グラナダ征服 · 1492年 カトリック両王がナスル朝を倒し、イベリアのイスラーム君主国が消滅した。グラナダ征服コロンブスの大西洋横断 · 1492年 カスティリャ王権の支援で西回りのアジア到達を目指し、欧州海洋進出を世界規模へ広げた。コロンブスの大西洋横断北ヨーロッパ0 件ビザンツ・小アジア11 件ウラジーミル1世の改宗 · 約 988年 皇帝家との婚姻と援軍の関係を通じ正教を受容し、ルーシへ文字・教会・法・芸術が伝わった。ウラジーミル1世の改宗農民土地の返還とアレレンギュオン · 996年 有力者の不当取得地を返還させ、富裕土地所有者に貧農の滞納税を負担させた。農民土地の返還とアレレンギュオンビザンツのブルガリア征服 · 1018年 バシレイオス2世のもと、7世紀以後の帝国最大級の版図が実現した。ビザンツのブルガリア征服東西教会の相互破門 · 1054年 教皇首位権・教義・典礼・言語・政治の相違が積み重なる分離過程の象徴的な転機。東西教会の相互破門マンジケルトの戦い · 1071年 ビザンツがトルコ系勢力に敗れ、内乱と国境防衛の崩壊、移住の進展で小アジアを失っていった。マンジケルトの戦いクレルモン宗教会議 · 約 1095年 ウルバヌス2世が武装巡礼を呼びかけ、罪に課される償いの免除を約束した。クレルモン宗教会議第1回十字軍 · 1096年 — 1099年 ビザンツの支援で進み、アンティオキアとエルサレムを攻略。ラテン系諸侯の十字軍国家が成立した。第1回十字軍第4回十字軍 · 1202年 — 1204年 輸送費とヴェネツィア、ビザンツの帝位争いが絡み、1204年にコンスタンティノープルを占領した。第4回十字軍コンスタンティノープル奪回 · 1261年 ニケーアの系統が首都を回復したが、帝国の領土・人口・財政は縮小し海港都市依存と内乱が続いた。コンスタンティノープル奪回黒死病の大流行 · 約 1347年 — 1353年 中央ユーラシア・黒海・地中海の交流網を通じて拡大し、甚大な人口減少と反復流行をもたらした。黒死病の大流行コンスタンティノープルの陥落 · 1453年 メフメト2世が首都を征服しビザンツ帝国が滅亡した。正教・文字・法・皇帝理念の遺産は周辺へ続いた。コンスタンティノープルの陥落東ヨーロッパ16 件レヒフェルトの戦い · 955年 オットー1世がマジャール人を破り、王国の保護者としての威信を高めた。レヒフェルトの戦いマクデブルク大司教座 · 968年 東方布教の拠点を整え、信仰普及と王権の影響拡大を結びつけた。マクデブルク大司教座ウラジーミル1世の改宗 · 約 988年 皇帝家との婚姻と援軍の関係を通じ正教を受容し、ルーシへ文字・教会・法・芸術が伝わった。ウラジーミル1世の改宗ハンガリー王国とイシュトヴァーン · 約 1000年 マジャール人がカトリックを基盤とする王国を確立し、西方キリスト教世界へ入った。ハンガリー王国とイシュトヴァーンビザンツのブルガリア征服 · 1018年 バシレイオス2世のもと、7世紀以後の帝国最大級の版図が実現した。ビザンツのブルガリア征服モンゴル軍のキーウ攻略 · 1240年 バトゥの侵入後、多くのルーシ諸侯がジョチ=ウルスの宗主権を認め貢納を納めた。モンゴル軍のキーウ攻略ワールシュタットの戦い · 1241年 モンゴル軍がポーランド・シロンスク諸侯の連合軍をレグニツァで破った。ワールシュタットの戦いプラハ大学の創設 · 1348年 カール4世がベーメンのプラハに神聖ローマ帝国で最初の大学を設けた。プラハ大学の創設カレル橋とプラハ整備 · 1357年 カール4世が王領ベーメンで都市・橋・聖堂の整備を進め、帝都の威信を高めた。カレル橋とプラハ整備コシツェの特権 · 1374年 王位承認・課税・軍役に貴族の協力が必要となり、免税と政治参加の特権が積み重なった。コシツェの特権ニコポリスの戦い · 1396年 ジギスムントを中心とする西欧諸侯の十字軍がオスマン軍に敗れた。ニコポリスの戦いタンネンベルクの戦い · 1410年 ポーランド=リトアニア連合軍がドイツ騎士団を破り、その拡張を抑えた。タンネンベルクの戦いフスの処刑 · 1415年 プラハの改革者がコンスタンツ公会議で処刑され、ベーメンの反発が広がった。フスの処刑フス戦争 · 1419年 — 1436年 教会改革、王位継承と皇帝支配への抵抗、言語・社会的緊張が重なった。穏健派の妥協で終結した。フス戦争モスクワのノヴゴロド併合 · 1478年 イヴァン3世が北東ルーシの統合を進め、競合する都市を併合した。モスクワのノヴゴロド併合ウグラ河畔の対峙 · 1480年 イヴァン3世期に大オルダへの従属が終わり、モスクワの集権化が進んだ。ウグラ河畔の対峙西アジア・イラン12 件アッバース朝 · 750年 — 1258年 政治・文化の重心がシリアからイラクへ移り、バグダード・サーマッラーが商業と文化の中心となった。アッバース朝マンジケルトの戦い · 1071年 ビザンツがトルコ系勢力に敗れ、内乱と国境防衛の崩壊、移住の進展で小アジアを失っていった。マンジケルトの戦い第1回十字軍 · 1096年 — 1099年 ビザンツの支援で進み、アンティオキアとエルサレムを攻略。ラテン系諸侯の十字軍国家が成立した。第1回十字軍12世紀ルネサンス · 1100年 — 1200年 トレド・シチリアなどの翻訳、ローマ法、スコラ学、大学、自然研究が都市・商業の成長と結びついた。12世紀ルネサンスアイユーブ朝 · 1169年 — 1250年 エジプト・シリアの王朝。PDFのサラディンと十字軍を同時代の国家として位置づける。アイユーブ朝サラディンのエルサレム奪回 · 1187年 エジプト・シリアを基盤とするアイユーブ朝が聖地を奪回し、第3回十字軍へつながった。サラディンのエルサレム奪回イル=ハン国 · 1256年 — 1335年 イランを中心とするモンゴル系王朝。1258年のバグダード攻略と結びつく。イル=ハン国モンゴル軍のバグダード攻略 · 1258年 イル=ハン国系統の軍に攻略され、バグダードのアッバース朝支配が終わった。モンゴル軍のバグダード攻略アッコの陥落 · 1291年 マムルーク朝が最後の主要拠点を攻略し、シリア・パレスチナの十字軍国家がほぼ消滅した。アッコの陥落ティムール朝 · 1370年 — 1507年 サマルカンドと後のヘラートを中心に、征服とペルシア文化の保護が結びついた。ティムール朝ニコポリスの戦い · 1396年 ジギスムントを中心とする西欧諸侯の十字軍がオスマン軍に敗れた。ニコポリスの戦いコンスタンティノープルの陥落 · 1453年 メフメト2世が首都を征服しビザンツ帝国が滅亡した。正教・文字・法・皇帝理念の遺産は周辺へ続いた。コンスタンティノープルの陥落北アフリカ2 件ファーティマ朝 · 909年 — 1171年 北アフリカからエジプト・シリアへ支配を広げた王朝。同時代の地中海世界を比較する。ファーティマ朝マムルーク朝 · 1250年 — 1517年 エジプト・シリアを支配した王朝。アッコ攻略と東地中海交易の背景となる。マムルーク朝中央アジア6 件モンゴル軍のキーウ攻略 · 1240年 バトゥの侵入後、多くのルーシ諸侯がジョチ=ウルスの宗主権を認め貢納を納めた。モンゴル軍のキーウ攻略ワールシュタットの戦い · 1241年 モンゴル軍がポーランド・シロンスク諸侯の連合軍をレグニツァで破った。ワールシュタットの戦いイル=ハン国 · 1256年 — 1335年 イランを中心とするモンゴル系王朝。1258年のバグダード攻略と結びつく。イル=ハン国モンゴル軍のバグダード攻略 · 1258年 イル=ハン国系統の軍に攻略され、バグダードのアッバース朝支配が終わった。モンゴル軍のバグダード攻略黒死病の大流行 · 約 1347年 — 1353年 中央ユーラシア・黒海・地中海の交流網を通じて拡大し、甚大な人口減少と反復流行をもたらした。黒死病の大流行ティムール朝 · 1370年 — 1507年 サマルカンドと後のヘラートを中心に、征服とペルシア文化の保護が結びついた。ティムール朝南アジア2 件デリー=スルタン朝 · 1206年 — 1526年 北インドの複数のトルコ系王朝が続いたスルタン朝期。ムガル征服が転機となった。デリー=スルタン朝ティムールの北インド征服 · 1398年 サマルカンドを基盤とする勢力が北インドへ進出した。ティムールの北インド征服東アジア5 件唐 · 618年 — 907年 長安を中心に、アジア各地の商人・使節・宗教者が集まる国際的な文化が発展した。唐唐・宋期の木版印刷 · 約 700年 — 1200年 印刷文化の成長を、同時代の西欧写本文化と比較できる。期間は唐・宋内の概略。唐・宋期の木版印刷宋 · 960年 — 1279年 中国の文化・都市生活が発展した時代。北宋と南宋の区別を含む王朝期間。宋元 · 1279年 — 1368年 中国のモンゴル王朝。ここでは中国全土支配を示す1279年を起点とする。国号制定1271年とは区別。元明 · 1368年 — 1644年 元の支配に代わって成立した中国の王朝。表示は学習範囲の1550年までに切り取る。明日本3 件平安時代 · 794年 — 1185年 日本の仏教美術と宮廷文化の時代区分。西欧のカロリング・封建社会と同時代比較する。平安時代鎌倉期の武家社会と文化 · 1185年 — 1333年 武家を中心とする社会と仏教文化が発展した時期。1185–1333は出典の美術史上の時代区分で、幕府の成立年を単一の年として断定するものではない。鎌倉期の武家社会と文化室町期の文化と中国との交流 · 1392年 — 1573年 禅宗・中国との交流を背景に水墨画などの文化が発展する。1392–1573は出典の美術史上の区分で、室町幕府の成立年とは異なる。1550年までを表示する。室町期の文化と中国との交流東南アジア1 件アンコールの都市・寺院文化 · 約 800年 — 1500年 9〜15世紀のクメール帝国の諸首都と寺院が、南アジアの知識を受容し独自の文化を形成した。期間は世紀区分。アンコールの都市・寺院文化サハラ以南のアフリカ4 件ガーナ帝国 · 約 300年 — 1200年 西サヘルの交易網と結びついた国家。期間は展示資料の概略区分。ガーナ帝国マリ帝国 · 1230年 — 1600年 サハラと西アフリカを結ぶ交易路が有力な国家と豊かな物質文化を支えた。マリ帝国ソンガイ帝国 · 1464年 — 1591年 西サヘルに続いた国家。地中海・サハラ交易と同時代の関係を考える基盤。ソンガイ帝国ディアスのアフリカ南端回航 · 1488年 ジョアン2世の支援下でインド洋へ通じる航路の可能性を示した。ディアスのアフリカ南端回航南北アメリカ3 件アステカ帝国 · 1428年 — 1521年 テノチティトラン・テスココ・トラコパンの三都市同盟がメキシコの広い範囲を支配した。アステカ帝国インカ国家 · 1438年 — 1532年 アンデスで拡大した国家。同時代の欧州・アジアと並べて比較する。インカ国家コロンブスの大西洋横断 · 1492年 カスティリャ王権の支援で西回りのアジア到達を目指し、欧州海洋進出を世界規模へ広げた。コロンブスの大西洋横断1204
単年の出来事 期間・概略区分99 / 219 件表示 · 拡大すると詳細が増えます
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PDF基準 279事項 · 外部補完 31事項要約・関連づけは最終確認待ち